2019年3月14日

 先日マレーシアで登壇の機会を得ました。マレーシア企業が日本のハラール市場をどう攻略するかがテーマのセミナーです。これは昨年MATRADE(マレーシア貿易開発公社)とJETRO(日本貿易振興機構)クアラルンプール事務所が共催したマレーシア6都市でのセミナーの続編で、今年はクアラルンプールとジョホールバルの2都市で開催されました。今回はこのセミナーの様子と、そこから見えた「日本を見つめるマレーシア」について考察します。

「日本への輸出は好調」はいつまで続くか

 ハラール産業の振興を国策に据えているマレーシアは、輸出においてもその姿勢を強めています。中でも食料・食品は代表的な戦略分野で、「マレーシアスタンダードのハラール食品」の輸出を拡大させています。

 このチャートはマレーシアのハラール品の輸出主要五カ国の実績です。これまで最大の輸出先は中国でしたが、2017年は成長著しいシンガポールと並びました。それに次ぐのが日本で、過去5年間の年平均成長率は10.2%にも至っています。マレーシア(国際貿易産業省=MITI)と日本(経済産業省)は16年に「ハラール市場に関する覚書」を締結しました。マレーシアは日本のハラール認証機関に対する相互認証(お互いのハラール認証を認め合うこと)機関数を従来の2から7へと増やし、加えて日本からの牛肉の輸入も7年ぶりに再開させました。

 覚書は18年に現在のマハティール政権発足に際して改めて締結されました。日本の管轄は変わらず経産省ですが、マレーシアは新設された起業家育成省になりました。起業家育成省は特にマレー系企業の育成を主眼に置いていることから、今後日本への輸出戦略の中心に据えられることが予想されます。そうなると「本当に輸出できる品質、体制、市場性はあるのか」が焦点になるでしょう。

ハラールを売るな、アジアごはんを売れ

 今年のセミナーで私が最も伝えたかったのは「Don’t sell Halal. Sell Asian Gohan(ハラールを売るな、アジアごはんを売れ)」です。まだ一般消費者になじみのないハラールを前面に出すのではなく、なじみがあるアジアごはんとして売り出せと申し上げたのです。
確かに日本でハラールは認知されつつありますが、一般消費者にまで浸透しているとはいえません。中には「ムスリム(イスラム教徒)向けの食事」という誤解から、ノンムスリムの日本人向けではないと考えている人も多いのが現実です。マレーシアとしてはハラールの優位性をPRしたいところですが、私は訴求ポイントを変えろと申し上げたわけです。
 日本ではマレーシア料理自体、それほど認知度が高くありません。ハラールと言おうが、マレーシア料理と言おうが、日本の消費者には響かないのです。ハラールフードであることは、分かる人にわかれば良い。分からない人にハラールを押し出すより、なじみのあるアジアごはんとして売り出した方がマレーシアの食料・食品をPRしやすいはずです。
聴衆に納得してもらうために、まず見せたのは1枚の資料です。それは日本にあるハラールレストランの内訳を示したもので、全904店舗の中でマレーシア料理はわずか7軒(ハラールグルメジャパン調べ)でした。インド(224軒)、トルコ(62軒)、インドネシア(19軒)はおろか、中国(10軒)よりも少ない状況だと述べ、多くの日本人はまだマレーシア料理をよく知らないことを理解してもらったのです。
 次に見せたのは4枚の写真です。いずれも日本人女性が運営するウェブサイトから拝借したもので、代表的なアジア料理が紹介されています。「シンガポールの国民食・海南風チキンライス」、「ベトナム料理で人気の生春巻き」、「タイ料理でおなじみのグリーンカレー」、「インドネシア、マレーシア、シンガポールで人気のミーゴレン」と代表的なアジア料理が紹介されていますこの中では、かろうじてミーゴレンがマレーシア料理の一つとして紹介されているにとどまっています。

20年、それでもハラールフードは不足する

 セミナーの内容を気に入ったのか、米トムソン・ロイターからインタビュー取材を受けることになりました。同社は毎年『Global Islamic Economy Report』という、ハラール市場を詳細に分析したレポートを発行している有力情報企業です。その専門メディアサイトである『Salaam Gateway』 は、同社とドバイイスラミック経済開発センターとの共同事業として運営されています。同サイトに掲載する記事作成のため、私がインタビューを受けたのです。
 同社はここ数年日本のハラール環境の進展を理解しており、日本がハラール市場において急速に存在感を増していることを評価していました。特にインバウンドにおけるハラール対応は注目に値するとして、来る20年の東京五輪においては大きな進歩があるだろうと期待していました。
その少々楽観的な見解に対して、私はあえて懸念している点を述べました。それは「20年、それでもハラールフードは不足する」です。
東京五輪の観客数は延べ1,000万人に上り、そのうち3分の1はムスリムだと予測されています。また1,000万人のうち半数は初来日する層だと推定されています。確かに日本のハラール環境はここ数年で大きく整備されました。認証に頼らない情報開示型のコミュニケーションが定番となり、ハラールフードを提供する事業者は大手企業でも増えています。
 ただそれは、訪日ムスリム客100万人(推定)のレベルではなんとか対応できている状況で、その数倍となると話は異なります。ましてや、五輪で訪れるのが現在ムスリム客のメインである東南アジアからの旅行客だけではない点を考慮すると、とても楽観視できる状況ではありません。加えて本連載でご紹介した「日本には世界的なハラールのファストフードチェーンが全くない」「コンビニエンスストアで買えるものがない」「選べる選択肢を増やして欲しい」といった多様なニーズにも対応できていません。

 16年リオ五輪では、地元ブラジルのムスリム団体が大会8ヵ月前から選手村はもちろん、一般のレストランやホテルにもハラール対応の研修を施しました。にもかかわらず、選手村で想定以上に消費された結果、「ハラールフードが足らない!」という事態が起こったのです。
こうした先例を踏まえ、東京五輪の選手村では万全の準備を期待したいところですが、選手村の外の一般の観客はどうなるのでしょうか。ホスト国としての責任が問われる中、マレーシアは次の一手の好機と考えているのかもしれません。

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<筆者紹介>

横山真也
ヨコヤマ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
フードダイバーシティ株式会社 共同創業者
ハラール、ビーガン、ベジタリアン、グルテンフリーといった食の多様性対応~フードダイバーシティ~のプラットフォーマー。Halal Media Japan(ウェブ)、Halal Gourmet Japan(アプリ)、Halal Expo Japan(商談会)、Tokyo Modest Fashion Show(フ
ァッションショー)、UPSTARTS(オンラインBtoB=企業間取引=商談会)といった複数ブランドの事業を展開している。今年11 月には5度目の開催となる商談会をリニューアルした「多文化社会エキスポ―あしたのニッポン展―」を開催する。ビジネス・ブレークスルー大学LA(ラーニングアドバイザー)、同大学院TA(ティーチング・アシスタント)。