笑顔の裏にある「実は……」
訪日観光客が年々増える中で、飲食店や観光関連事業者からよく聞かれる言葉があります。
「ベジタリアンのお客様から『魚出汁はOKです』って言ってくれたので、安心して提供できました。」
飲食店側にとっては「要望に対応したので問題ない」と思うかもしれません。しかし、その一方で、本人の信念や宗教上のルールに反して、“妥協せざるを得なかった”という背景が隠れている場合も少なくありません。
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魚出汁はOK=妥協?背景にあるリアルな事情
動物性由来の食材を禁じるベジタリアン、ヴィーガンなどにとって、「魚出汁(かつお節・煮干し・あごなど)」は、基本的には避けるべき対象です。
ではなぜ、「OK」と言ってしまうのでしょうか?
よくある理由:
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言葉の壁で説明がうまくできない、そもそも「出汁」の意味もわからない
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断ると場の空気が悪くなる
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他に食べられるもの、お店が見つからない
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間に入っている旅行会社が勝手に「大丈夫だろう」と判断した
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その結果、「本当は避けたいけど、迷惑をかけたくないから受け入れる」という“妥協”で食べているケースが実は多くあります。
聞こえない「NO」
多くの旅行者はホスト国に敬意を持ち、「ありがとう」「大丈夫」と言います。しかしながら、そこに“我慢”や“諦め”が含まれていないとは限りません。
実際にフードダイバーシティ株式会社が行った聞き取り調査でも、次のような声がありました:
「魚出汁が使われていることを直前で知ったけど、もう言い出せなかった」
「あまり細かく言うと、帰れと言われるんじゃないかと思った」
「うちのベジタリアン対応のルールはこうだからと言われると、何も言えなかった」
「確認」より「選択肢」が安心を生む
旅行者が本当に求めているのは、「出汁の種類を確認されること」よりも、「魚出汁を使っていないメニューという選択肢が最初からあること」です。
たとえば、
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「Vegan」と表記されているメニュー
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魚介・動物性原材料に❌が付いているメニュー
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原材料を多言語で明示したメニュー
これらがあるだけで、旅行者は「妥協する必要のない安心感」を得ることができます。
口コミ、高評価の潜在的チャンス
日本が世界に誇る「おもてなし」の文化は、相手を思いやることに根差しています。だからこそ、「相手が言わなかったからOKだった」と受け取るのではなく、「言えなかったのかもしれない」と一歩踏み込んで考える姿勢が求められます。
旅行者が妥協せずに、自分の信念や食のルールに沿って安心して食事ができたとき、その体験は「美味しかった」以上の深い満足感をもたらします。そうした気持ちは自然と良い口コミやリピーターへとつながり、店舗や地域への信頼感を高めてくれます。
反対に、日本人が海外旅行に行ったときのことを想像してみるといいと思います。もし旅行先の飲食店が、日本の文化や食習慣を理解した上で対応してくれていたら、味やサービス以上に「理解されている」「尊重されている」と感じ、心が動くはずです。それは単なる食事を超えた「感動体験」となり、旅行そのものの印象にも大きく影響します。
聞こえない“NO”に応える力
「魚出汁はOKです」――この一言の裏側には、じつは多くの葛藤やためらいが隠れていることがあります。宗教上の理由や食生活の信念を持つ旅行者が、異国の地で「NO」と言うことは、言葉以上に精神的な負担を伴います。ときには、自分の信念を守ることよりも、相手に迷惑をかけないことや、その場の空気を壊さないことを優先してしまう。そうした“妥協”が笑顔の奥に潜んでいるのです。
日本が「観光立国」を掲げ、世界中から多様な背景を持つ人々を迎え入れようとしている今、その実現に必要なのは“表面的な対応”ではなく、“選べる余地のある環境”を整えることです。魚出汁が含まれていない選択肢をあらかじめ用意する。出汁の種類を明示する。小さな配慮の積み重ねが、旅行者の信頼と感動に変わります。
本当の優しさとは、「わざわざ言わなくてもいい環境」をつくることにあります。「特別扱い」ではなく、「誰もが最初から選べる仕組み」を用意すること。そうした社会のあり方が、文化の違いを越えて人と人をつなぎ、“また来たい国・また来店したいお店、また会いたい人”へとつながっていくのです。