2017年2月28日

2016年の訪日外国人は2,400万人を突破し、5年連続で過去最高を記録しました。増加パースは縮小傾向にあるものの、過去5年間の年平均成長率は31%を超え、とどまる気配がありません。世界の観光産業は6.8兆米ドル(約763兆1,000億円)で自動車産業よりも大きく、今後さらなる成長が見込まれています。今月はその一翼を担うとされるムスリム(イスラム教徒)の、ある特定グループにスポットを当てます。

エム世代の出現

 Generation M(ジェネレーション・エム)という言葉をご存知でしょうか。20代から30代半ばまでの若いムスリムを指す言葉です。一般に1965年〜80年生まれはGeneration X(ジェネレーション・エックス)、81年〜97年生まれは「ミレニアル」と呼ばれますが、中でもムスリムのミレニアルは「Generation M」と呼ばれているのです。従来とは異なる新世代の素顔を紹介した英国のムスリマ(女性ムスリム)の書籍のタイトルにも使用され、今では彼らの代名詞となっています。台頭する「エム世代」とは、一体どういった人たちなのでしょうか。

 まず左のチャートをご覧下さい。これは「ムスリムとノンムスリムの年齢の中央値」です。世界全体および五つの地域全てで、ムスリムがノンムスリムよりも若い事が確認できます。世界的には23歳、まさにこれから社会に出ていこうという人達が大多数となっています。日本人のそれが46.5歳なので、親子ほどの差があるという事になります。ちなみに日本人の年齢の中央値が23歳だったのは53年、第1次ベビーブームが終わった頃でした。
右のチャートは「ムスリムとノンムスリムの出生率」です。ムスリムはノンムスリムよりも出生率が高く、人口増加が予測されています。世界的には3.1ですが、サブサハラ(サハラ砂漠より南のアフリカの地域)ではなんと5.6。日本の出生率が3.0前後だったのは50年代、5人前後だったのは20年代にまでさかのぼります。日本が経験してきた人口増加と経済成長を再現するとまでは言い切れませんが、このデータを見る限り巨大市場の夜明け前を感じずにはいられません。

エム世代が変えるムスリムのライフスタイル

 エム世代のムスリムはそれ以前のムスリムよりも社交的かつ活動的であるだけでなく、世界での影響力が増しているといわれています。エンターテイメントやファッッションへの関心が高く、交流サイト(SNS)の活用に積極的で、女性一人でも世界を旅します。かといって、イスラムの信仰を軽視するわけではなく、むしろ伝統を重視しながらも自分たちなりの信仰を実践しているのです。
チャートを改めて見ると、エム世代は今まさに結婚適齢期にあり、今後結婚、出産、育児、レジャーといった面での消費拡大が予想されます。日本企業としては、結婚旅行や観光旅行の受け入れが増えるでしょうし、紙おむつや哺乳瓶、玩具や教育サービスの提供機会が増えるでしょう。
 例えば結婚においては、「ムスリムフレンドリー・ハネムーンデスティネーション」なる新婚旅行のプロモーションが盛んになっています。これまでASEAN(東南アジア諸国連合)のカップルに人気だったのはインドネシア、タイ、スリランカ、フィリピン、マレーシアといった域内諸国でしたが、最近は韓国、台湾、豪州といったノンムスリム国にまで範囲が広がっています。しかも自国からヘアメイクやカメラマンを帯同させ、レンタル衣装まで持参するというのですから相当なこだわりようです。エム世代の消費行動がそれ以前の世代とは異なることを感じさせる一例です。

潜在ニーズは先読みできる


このチャートは15年時点のアジア諸国の国内総生産(GDP)が、日本のいつ頃のものであったかを示すものです。ご覧のように日本を追いかける国が、東アジアから東南アジアへと広がっているのが確認できます。シンガポールは既に日本を追い越したので例外ですが、多くの国は日本の成長期前後の状況にあることが分かります。世界の自動車メーカーがその国の国民所得に応じて投資を二輪車の工場から四輪車の工場へシフトさせているのは、まさにこの「GDPの階段」を見た上での戦略です。
エム世代を団塊の世代や団塊ジュニアと重ねれば、彼らのニーズを先読みできます。社会に出て所得が増え、結婚して家庭を持ち、家電や自動車、育児や教育、レジャーやエンターテイメントへと消費行動が拡大してゆくことは容易に想像できます。かつて日本が米国で流行したものを時間差で導入していた経験が活きるでしょう。ただ彼らのニーズは猛烈なスピードで多様化しているため、同じ世代であるミレニアルと組んでスピーディーに対策を講じる必要があると思います。
買い物はネットショッピング、家事はアウトソーシング、旅行は団体ではなく個人――。所得水準は70年代前後の日本であっても、最新かつユニークで、しかもイスラムの教えに沿ったものを求めるのがエム世代です。偏見や固定観念にとらわれず柔軟な発想で、新しく出現した巨大大陸に向き合いましょう。 

データ引用元:
Benchmarking Travel & Tourism – Global Summary, WTC
World Population Prospects The 2015 Revision, United Nation
Generation M, Shelina Janmohamed

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<筆者紹介>

横山真也
Yokoyama & Company (S) Pte Ltd マネジングディレクター
ハラールメディアジャパン株式会社 共同創業者
ハラール関連事業としては2014 年元日に「世界初の英語発信による日本ハラール専門ポータルサイト」HALAL MEDIA JAPAN を開設、14 年にはハラール・ベジタリアンレストラン検索サイト・アプリ「HALAL GOURMET JAPAN」をサービスイン。日本最大のハラールトレードショーであるJAPAN HALAL EXPO を14 年と15 年に開催、16 年には新たにHALAL EXPO JAPAN として日本初のムスリムファッションショーTOKYO MODEST FASHION SHOW と併せて東京で開催した。17 年11 月には東京・浅草で4度目となる同イベントを開催する。