2016年2月23日

2015年の訪日外国人は実質2,000万人に至り、インバウンドという言葉を聞かない日はなくなりました。爆買い、民泊、地方創生といった言葉が飛び交う中、新たに注目されているのがハラールです。中国(本土)、 韓国、台湾、香港からの訪日客に次ぎ急増している東南アジア諸国連合(ASEAN)からの訪日イスラーム教徒(ムスリムと呼ばれます)が注目されているのです。

訪日ムスリムの 80%は認証にこだわらず

「ハラール認証あり18.18%」というデータがあります。これはハラールやベジタリアンレストランの検 索サイト・アプリ「ハラールグルメジャパン」に掲載 されている店舗のうち、「ハラール認証あり」と表示している店の割合です。同サイト・アプリでは「ハラール認証あり」や「アルコールの提供なし」といった、ムスリムやベジタリアンにとって必要な16の条件を一目で分かるようにアイコンで表示してあり、店舗を検索することができます。その中で最も使われている条件が「ハラール認証あり」でした。しかしそれは全体の20%にも満たなかったのです。

「ハラール認証あり」に続くのは、「ハラールミート(イスラームの戒律に沿って処理された食肉)使用メニューあり」と「お店に豚肉なし」です。豚肉のみならず肉そのものに気を使っている様子と、日本ではハラールの認証店舗や食材が少ないことを知ってか、訪日 ムスリムは許容範囲の中で現実的な選択をしている状況がうかがえます。
 この検索サービスを利用した80%はハラール認証以外を条件としているのですから、「ムスリム対応に認証は必須」という日本の風潮とは異なっているといえます。つまり逆説的には「認証がなくてもムスリム対応 はできる」といえるのです。

1つずつ、できることから対応を

私はハラール認証を軽視しているのではありません。トレーサビリティが高く専門機関による厳しい監査を受けるハラールの認証は、ムスリムのみならず多くの消費者にとって安全安心の最高峰であるとさえ考えて います。特にイスラーム諸国への輸出においては、非常に重要視されていると理解しています。しかしその要求水準は概して高いため、大手企業でさえ認証の取得に躊躇(ちゅうちょ)しているのが実状です。中には「今は中国、韓国、台湾、香港からの お客様だけで充分。ムスリム対応はまだまだ先でいい」という企業もあります。いつまでもこれら4カ国・地域からの訪日客だけをあてにするのはリスクが大きいですし、これでは観光立国には成り得ません。インバウンドにおいては、いきなり認証を目指すのではなく、「ハラールグルメジャパン」にある16の条件について、一つずつできることから対応するのが現実的なのです。

食事と同じくらい重視される礼拝場所

もう一点注目したいのは、検索条件5位の「礼拝場所あり」。ムスリムにとって1日5回の礼拝は必須であることは知られていますが、旅先でも礼拝場所とそのための時間は重要であることが伺えます。礼拝場所にはお清めのための手洗いがあればベターですが、「畳一枚程度のスペースだけでよい」というムスリムも少なくありません。実際、日本国内の礼拝場所は少なく、レストランや 商業施設に設置されている礼拝場所は全国でも30カ所程度にとどまっています。(ハラールメディアジャパ ン調べ)。 空港や駅などでは徐々に整備が始まってい て、中には立派な設備を備えたものもあります。しかし絶対数はまだ少なく、街なかのレストランや食堂ではほとんどないといって良いでしょう。質素なものでよいという声と、立派な設備でなければという対応。データと現状を見比べると、需要と供 給のミスマッチが見えてきます。

地方こそムスリム対応の効果は大きい

インバウンド消費は大都市から、今後は地方都市へ波及すると期待されていますが、ムスリム対応はその有効な打ち手になる可能性を秘めています。ASEANにはない美しい田園風景、四季折々の自然、雪を見ること触れることなどが訪日理由の上位にあることから、対応を始めた地方からムスリム訪日客の選択肢になってくると考えられます。現に中部北陸9県の自治体、観光関係団体、観光事業者などで構成する「昇龍道プロジェクト」は、12年当時注力していた中華圏に続き、15年からはムスリム訪日客をターゲットに精力的に誘客を図っています。そのうち岐阜県高山市と三重県鳥羽市は国の「訪日ムスリム外国人旅行者受入環境整備等促進事業」に採択 されるなど大きな注目を集めており、早くもムスリム観光客の増加が見られます。地方の特産物である農林水産品は、加工や調理に気をつければムスリムにも安心して食べられます。そも そもハラールな食材が実は多いのです。従って、地方こそムスリム対応の効果は大きく、そう遠くない将来 あちこちで具体例が散見されるようになると思います。
2年前本誌に連載したシリーズでは、ハラールをアウトバウンド(輸出)の観点から考察しました。今シリーズでは筆者が独自に収集・集計しているデータを用い、ハラールをインバウンドの観点から、最新情報 とともに毎月1回解説します。(毎月最終火曜日掲載。 最終火曜日が休刊日の場合は翌発行日)

PDF版はこちらからダウンロードしてください。

<筆者紹介>

横山真也
Yokoyama & Company (S) Pte Ltd マネジングディ レクター ハラールメディアジャパン株式会社 共同創業者 ハラール関連事業としては2014 年元日に「世界初 の英語発信による日本ハラール専門ポータルサイ ト」HALAL MEDIA JAPAN を開設、同年にはハラール・ ベジタリアンレストラン検索サイト・アプリHALAL GOURMET JAPAN をサービスイン。日本最大のハラー ルイベントであるJAPAN HALAL EXPO を14 年と15 年の2年連続で幕張メッセなどと共催、合わせて約 1万人を動員した。