フードダイバーシティ株式会社が見てきた“変化”の様子
「ハラール」という言葉が日本で注目されるようになってから、すでに10年以上が経ちました。フードダイバーシティ株式会社はこの10年間、全国各地の現場を訪れ、数多くの飲食店・宿泊施設・食品メーカー、自治体・行政と共に、ハラール対応の現実と向き合ってきました。
本記事では、私たちが見てきた「ハラールの10年の歴史」を振り返りながら、これからの時代に必要な「本質的な視点」について紐解いていきます。
2013年頃:ハラール“認証神話”の時代
———認証さえあれば売れる、そんな空気が日本中に広がっていた
2013年は、日本において「ハラール」という言葉が一気に広がった年でした。訪日ムスリム観光客の増加や、東南アジア・中東市場への食品輸出に対する期待から、多くの飲食店や食品メーカーがイスラム市場にビジネスチャンスを見出したのです。
当時の業界には、次のような空気感が漂っていました。
「ハラール認証は夢のパスポート」
「ハラール認証さえあれば自社の商品は売れる」
そのような流れもあり、認証ビジネス自体が“高利益・無在庫”のモデルであることに注目した民間団体が次々に参入し、また多くの団体が「協会」などの形態でビジネスを始めました。
- 「我こそが真のハラール認証機関」と主張する団体が乱立
- 実体が曖昧なまま、高額な認証料を請求するケースが多発
- 詐欺まがいの営業やコンサルティング被害も報告される
この時期、フードダイバーシティ株式会社には、次のような相談が多数寄せられました。
- 各認証機関で認証基準が異なるが、どれを取ればいいのか
- 各認証機関で見積もり金額が全く異なるが何が違うのか
- みんな「自分が正しい認証機関だ」と言ってくるが、誰を信じればいいのか
飲食業界・自治体・食品メーカーなどから頂いたこれらの声は、今でも鮮明に記憶に残っています。
2016年頃:「認証を取っても売れない」からの気づき
数年が経ち、2016年頃から「ハラール認証を取ったが、何の効果もなかった」という声が業界内で多く聞かれるようになります。その一方で、日本国内ではハラール認証を持たずとも、訪日ムスリムの集客に成功する飲食店が増え始めていました。
多くの企業が「ハラール認証は売れるための”必要条件”ではなく、“十分条件”にすぎない」と気づき始め、ここからどのようにしたら売れるのかに向き合います。
要因:輸出とインバウンド、その違いを多くの企業が理解していなかった
輸出対応:
- 貿易のルールに基づき、「一部の商品」を輸出する際に取得しなければいけないハラール認証
インバウンド対応:
- 原材料・調味料・アルコール有無などの明確な情報開示
- 現場スタッフによる丁寧な説明とコミュニケーション力
- 十分条件としてのハラール認証
輸出において、ハラール認証はあくまで「対象国との貿易に必要な書類の一部」としての意味を成します。一方でインバウンド対応では、そもそもニーズのあるメニューを作ること、さらに情報開示、柔軟な対話が重視され、認証は一つの手段に過ぎないと認識され始めました。
2018年:認証機関の失速と変化
2013年ごろには大盛況だった「ハラール認証セミナー」も、この頃には閑散とするようになりました。生き残りをかけたハラール認証機関は、以下のような対応を取っていきました。
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認証基準の緩和
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他の認証機関への批判や中傷
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認証料値下げによる価格競争
こうした動きは、業界全体の信頼性に大きく影響を及ぼしました。
問題点として
近年ではハラール認証の基準や運用が柔軟になり、状況に応じた緩和的な対応も広がってきていますが、多くの日本企業は2013年ごろに取得した情報を更新できていません。その結果、いまだに「ハラール対応は難しい」「自社には無理だ」といった判断をしてしまっているケースも少なくありません。
2023年:インフルエンサー増加と、新たなトラブルの時代へ
アフターコロナとなった2023年、訪日ムスリム観光客の回復とともに、ハラール対応店舗の数も確実に増加しました。しかし同時に、別の問題も浮上します。それが「インフルエンサー問題」です。「ムスリムのお客様を集客します」と売り込むインフルエンサーが急増し、以下の問題が多く出てきました。
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ハラールに関する知識、飲食店運営に関する知識が乏しいまま店舗を紹介
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間違った情報を発信してムスリムのお客様が混乱し、店舗への不信感になる
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宣伝費用の不透明さ、価格の幅が極端
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インフルエンサーは「会社」ではなく「個人」で動いていることが多く、契約内容によるトラブルが多発
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インフルエンサー自身が起こした不祥事が、店舗のブランド毀損に繋がる
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本人確認、実績確認が困難
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フォロワーの大半がターゲット外
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フォロワーが一定数あっても、エンゲージメントが低い
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インフルエンサーの多くは一般社会経験が浅く、ビジネスマナーが欠如
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「自分に任せれば大丈夫」とお店側の意見を聞かずに発信する
インフルエンサーの活用は一見すると効果的に見えますが、「誰が」「何を」「どんな基準で発信しているか」を見極めなければ、大きなリスクを伴う時代となっています。
特に「インフルエンサーが自ら売り込んできた」「広告代理店が売り込んできた」という場合に、上記のようなトラブルが頻繁に起きているので、注意が必要となってくるでしょう。
2026年以降のハラール対応は「理念」が問われる
―― ―表面的な対応ではなく、対話・理念・発信が鍵
近年、日本国内でもムスリム観光客や在住者が増加するなかで、企業に求められる「ハラール対応」の重要度はますます高まっています。2026年以降、企業が本当に取り組むべきハラール対応とは何か。その本質は、認証や商品表示といった“形式的な対応”にとどまりません。必要なのは、より深く、誠実な姿勢です。
モスクに足を運び、直接学ぶという姿勢
まず重要なのは、「現場に足を運ぶ」こと。資料やネットの情報だけでは理解できない部分こそが、ハラール対応の核心です。例えばモスクを訪れ、ムスリムの方々と直接会話をすることで、彼らの日常の価値観や信仰、食への向き合い方が見えてきます。机上の学びではなく、実体験から得られる理解こそが、企業の対応に深みをもたらします。
薄っぺらい対応は見抜かれる――理念なき取り組みは続かない
「なんとなく対応しておこう」という短絡的な発想では、信頼を築くことはできません。今の消費者、特にムスリムの方々は非常に敏感にその“本気度”を感じ取ります。だからこそ、企業としてどんな理念を持ち、なぜハラールに取り組むのかという軸を明確にすることが不可欠です。本質的な取り組みは、一朝一夕でできるものではありません。時間をかけてでも、理念に基づいた行動を積み重ねることが、長期的な信頼と評価につながります。
情報が錯綜する時代だからこそ、自社発信が「正」となる
多くの情報が飛び交う現代において、消費者は何を信じてよいか分からなくなることもあります。だからこそ、自社の公式サイトやSNSといった「企業自身が責任をもって発信する場」における情報が極めて重要になります。誤解を生まない明確で誠実な発信が、ブランドの信頼性を支える柱となるのです。
結びに
2026年以降、ハラール対応は「マニュアルを守る」から「姿勢を示す」へと移行していきます。ムスリムと対話し、理念に基づいた行動を起こし、それを自らの言葉で発信する――その一連の流れこそが、これからの信頼される企業に求められる姿勢だと考えています。