(1/3)Global Muslim Travel Index 2025を日本語に要約
世界の旅行市場は急速に多様化し、文化的・宗教的背景に配慮した“インクルーシブ旅行”の重要性がかつてないほど高まっています。中でも、世界で約20億人にのぼるムスリム人口を対象とした「ムスリムフレンドリー」な観光環境の整備は、持続可能な観光開発における大きな鍵となっています。毎年発表される「グローバル・ムスリム・トラベル・インデックス(GMTI)」は、各国・地域のムスリム旅行者受け入れ体制を評価し、観光政策や民間の取り組みに指針を与える国際的指標として注目されています。
2025年版のGMTIでは、評価モデルの刷新や新たなスコア体系の導入、AI・ロボティクスといったテクノロジーの影響、さらにはイスラモフォビアなど社会的課題への対応など、より複雑化・高度化するムスリム旅行市場の実態が浮き彫りになりました。本記事では、GMTI 2025の主要トピックを整理し、注目すべきトレンドや日本の立ち位置、今後の観光戦略への示唆をわかりやすく解説します。ムスリム旅行市場の未来を知るうえで不可欠な最新知見を、フードダイバーシティの視点から紐解いていきます。
【目次】
- GMTI 2025概要
- ACES & RIDA: 評価モデルの進化
- ムスリム旅行市場の規模と成長
- 新指標: RIDA Impact Score (RIS)
- インクルーシブ旅行の拡大
- 注目のトレンド
- 非OIC勢の調査・分析
- デジタル・インフラの強化
- 地方政策と戦略
- GMTI 2025 上位ランキング・データ
- 日本のポジショニング分析
- 決定技術: AI & ロボティクスの影響
- 社会ディスラプション: イスラモフォビア対応
- 2030年への観点: カジュアルな繋がりと信頼性
- 総括: GMTIの意義と未来
1. GMTI 2025概要
GMTI(Global Muslim Travel Index)2025は、ムスリム旅行市場の最新動向を総合的に分析し、世界各国の対応力を評価する年次報告である。本年の報告では、評価モデルの刷新とともに、旅行市場の成長性、持続可能性、包括性、技術革新、社会的課題など、広範なテーマを網羅している。特に注目すべきは、従来の「ACES」フレームワークに加えて、新たに「RIDA」モデルが導入され、旅行先の戦略性や社会的インパクトまでも評価に加えた点である。また、これらを統合する新指標「RIDA Impact Score(RIS)」が導入され、国・地域の中長期的な取組の成果を可視化している。
市場規模は2024年に2.3億人を超え、2030年には3億人を見込む成長産業であり、その対応の巧拙が国際競争力に直結する。さらに、インクルーシブ旅行の広がり、AIやロボティクスなど決定技術の導入、非OIC(イスラム協力機構)諸国の急伸、イスラモフォビア対応といった多様な要素が評価に組み込まれ、観光政策の在り方に新たな視座を提供している。
GMTI 2025は、単なるランキングではなく、持続可能で信頼性ある観光地づくりへの羅針盤であり、2030年に向けた国際的連携と戦略的思考を促す重要なツールとなっている。
2. ACES & RIDA:評価モデルの進化
GMTI 2025では、評価モデルが大きく進化し、従来の「ACES」指標に加えて、新たに「RIDA」モデルが統合された。ACESは「Access(アクセス性)」「Communications(情報発信)」「Environment(ムスリムフレンドリーな環境)」「Services(サービス提供)」の4軸から成り、旅行者の利便性や快適性を測る指標として機能してきた。一方、RIDAは「Reach(到達性)」「Impact(社会的・経済的影響)」「Delivery(政策実行力)」「Awareness(認知度・ブランド力)」の4要素を持ち、目的地の中長期的な戦略性や構造的取り組みを評価する。
この2つのフレームワークの統合により、GMTIは旅行先の「現状評価」から「未来志向の持続可能な価値評価」へと転換した。たとえば、ハラール対応施設の充実といったACES的要素だけでなく、政府や自治体の政策姿勢、持続可能な観光推進の取組、ムスリム旅行者へのブランド訴求力といったRIDA的要素も含めて、総合的に評価されるようになっている。
この評価の進化は、単なる利便性や施設数では測れない「見えない価値」に光を当てるものであり、各国・地域にとっては、より深い戦略と社会的配慮を伴う観光政策の必要性を示唆している。GMTI 2025は、このACESとRIDAの相補的モデルによって、世界各地のムスリム旅行市場への対応力をより正確かつ多角的に可視化している。
3. ムスリム旅行市場の規模と成長
ムスリム旅行市場は、世界の観光産業の中でも最も成長が期待されるセグメントの一つであり、GMTI 2025でもその重要性が改めて強調されている。2024年時点でムスリム旅行者数は約2億3,000万人に達し、これは全世界の国際旅行者のうち約12%を占める規模となっている。今後も人口増加、経済発展、中間層の拡大を背景に、2030年には3億人超に達する見込みである。
この成長は中東・東南アジアを中心としたOIC加盟国だけでなく、欧州やアジアの非OIC諸国にとっても大きな機会となっている。特に、Z世代・ミレニアル層を中心に、信仰と共存する形での「モダン・ムスリム」旅行スタイルが浸透しつつあり、旅先の選択にも多様性と体験価値が求められている。従来の宗教的配慮に加え、サステナブルツーリズム、デジタル接点、文化的共感などが選定要因となっているのが特徴である。
経済的インパクトも大きく、2024年のムスリム旅行市場の支出総額は2,250億ドルを超え、今後は年間平均6〜7%の成長が見込まれている。ハラール対応施設や礼拝施設、フレンドリーなサービス提供はもとより、政策的支援、教育、マーケティング、テクノロジー活用といった多面的な対応が、各国の競争力を左右する。
GMTI 2025では、ムスリム旅行市場を単なる「宗教ニッチ」ではなく、グローバルで持続可能な観光成長の推進力として位置づけ、各国に対し包括的かつ先進的な対応を呼びかけている。
4. 新指標:RIDA Impact Score(RIS)
GMTI 2025では、評価精度のさらなる向上を目的として新たに導入されたのが「RIDA Impact Score(RIS)」である。これは従来のACESやRIDAの評価軸に基づく指標を、より実効性ある「インパクトスコア」として定量化し、目的地の中長期的な観光戦略の成熟度や成果を総合的に評価するものである。
RISは「Reach(到達性)」「Impact(社会的・経済的影響)」「Delivery(施策の実行力)」「Awareness(認知度・ブランド力)」という4つのRIDA要素をベースにしており、それぞれの観点から目的地の「貢献度」「変化促進力」「国際的存在感」を測定する。たとえば、ムスリム旅行者に対する政策支援の実行度合いや、観光の社会的包摂力(インクルーシブ性)、地域経済への波及効果、グローバルメディアへの露出・影響力などがスコアに反映される。
RISの導入により、単なる施設整備や観光客数では測れなかった「質的な影響力」が可視化され、各国の観光政策の本気度や持続可能な成長へのビジョンがランキングに反映されるようになった。特に、先進的な政策を打ち出しているが、ACES指標では評価されにくかった地域が、RISによって再評価される傾向が見られる。
このRISは、単なる補助的指標ではなく、今後のGMTI全体の評価バランスを左右する重要な構成要素であり、目的地がいかにムスリム旅行者を社会全体に包摂し、価値共創を目指しているかを測る羅針盤として機能している。
5. インクルーシブ旅行の拡大
インクルーシブ旅行(包括的旅行)は、文化的・宗教的背景に関係なく、誰もが快適に旅行できる環境を目指す取り組みであり、ムスリム旅行者にとっても重要な観点である。GMTI 2025では、旅行体験の多様性とアクセシビリティ向上を促進するインクルーシブ旅行の進展が、観光業の持続的成長において不可欠であると位置付けられている。
ムスリム旅行者にとって、礼拝施設の整備、ハラール飲食の提供、多言語対応、文化的配慮のある接遇などが旅行先選定の重要要素である。近年は、非OIC諸国(イスラム協力機構加盟国以外)でも、こうしたニーズに応える動きが拡大。たとえば、空港やホテルに礼拝施設を設けたり、ヴィーガンやグルテンフリー対応と並行してハラール対応を強化したりする事例が増加している。
また、包摂的観光の拡大は、高齢者、障がい者、LGBTQ+旅行者などへの配慮とも重なり、観光地の国際競争力を高める要因にもなっている。これにより、旅行者の信頼とロイヤルティを獲得しやすくなり、リピーターの増加やポジティブな口コミ効果が期待される。
インクルーシブ旅行の実現には、公共・民間セクターの連携と、地域社会との協調が鍵となる。GMTIは、この動向をスコアリング指標にも反映し、インクルーシブな環境整備を推進する国や都市を高く評価している。今後の観光政策においても、包括性を戦略の中核に据えることが、真に持続可能でレジリエントな観光エコシステム構築につながる。
【中編】インクルーシブな観光の未来を探る:GMTI2025徹底解説はこちら