飲食店・ホテルが確認すべきことは?

日本では高齢化が進む中、病院や介護施設だけでなく、ホテル、旅館、飲食店、配食サービスなどでも「嚥下食(えんげしょく)」への対応を求められる場面が増えています。

一方で、嚥下食については、

「細かく刻めば食べやすい」
「やわらかく煮れば問題ない」
「飲み物には、とろみをつければよい」

と理解されることも少なくありません。しかし、飲み込む機能や必要な食形態は一人ひとり異なります。提供方法を誤れば、誤嚥や窒息につながる可能性があります。

本記事では、嚥下食について知っておきたい基礎情報を整理します。

「嚥下」とは何か

「嚥下(えんげ)」とは、食べ物や飲み物を口から胃へ送り込む動作です。

より広い意味を持つ「摂食嚥下」は、食べ物を認識し、口に入れ、噛み、喉から食道を通して胃へ送るまでの一連の過程を指します。この過程のどこかに問題が生じた状態が「摂食嚥下障害」です。

食べ物や飲み物、唾液などが誤って気道へ入ることを「誤嚥」といいます。誤嚥は、窒息や誤嚥性肺炎につながることがあります。公益財団法人 長寿科学振興財団

摂食嚥下障害は、高齢者だけに起こるものではありません。脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、パーキンソン病などの神経・筋疾患、腫瘍、外傷など、さまざまな原因によって生じます。

嚥下食とは

一般に「嚥下食」と呼ばれているのは、噛む力や飲み込む力が低下した人に合わせて、硬さ、まとまりやすさ、付着性などを調整した食事です。

専門的には「嚥下調整食」という言葉が用いられ、重要なのは単に食材をやわらかくするだけではない点です。

嚥下調整食には、主に次のような性質が求められます。

  • 口の中でまとまりやすい
  • 喉へ送り込みやすい
  • 口や喉に付着しにくい
  • バラバラになりにくい
  • 硬すぎない
  • 水分が分離しにくい
  • 本人の噛む力、舌の動き、飲み込む力に合っている

同じ「やわらかい料理」でも、口の中でばらけたり、水分だけが先に流れたりするものは、嚥下機能が低下した人に適さない場合があります。

嚥下調整食には共通の分類がある

日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、病院、施設、在宅医療、食品メーカーなどの間で食形態を共有するため、「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021」を公表しています。

食事はコード0からコード4までに分類され、コード0には「0j」と「0t」、コード2には「2-1」と「2-2」があります。

コード 食形態の概要
0j 均質で、付着性や凝集性などに配慮したゼリー状の食品
0t 均質で、付着性などに配慮したとろみ状の食品
1j 均質で、なめらかで離水の少ないゼリー・プリン・ムース状の食品
2-1 なめらかで均質な、べたつきにくくまとまりやすいピューレ・ペースト・ミキサー食
2-2 やわらかい粒などを含む、不均質なピューレ・ペースト・ミキサー食
3 形はあるものの、押しつぶしやすく、食塊を形成しやすい食品
4 箸やスプーンで切れる程度にやわらかく、ばらけにくい食品

 

ただし、この表だけを見て利用者の食事を決定することはできません。学会も、分類は食事を選ぶ際の目安であり、個々の適応については専門職が判断する必要があるとしています。日本摂食嚥下リハビリテーション学会「嚥下調整食分類2021」

また、施設独自の「ソフト食」「ミキサー食」「きざみ食」などの名称と、学会分類のコードが必ず一致するとは限りません。受け入れ時には、名称だけではなく、実際の硬さや形状まで確認することが重要です。

「きざみ食=嚥下食」ではない

嚥下食について、特に注意したいのが「きざみ食」です。

食材を細かく刻むと、噛む負担は小さくなる場合があります。一方で、細かくなった食材が口の中でばらけ、うまくまとめられないことがあります。つまり、きざみ食は「噛みにくい人」には役立つ場合があっても、「飲み込みにくい人」に必ず適しているとは限りません。

特に次のような料理は注意が必要です。

  • ひき肉やそぼろなど、口の中で散らばりやすいもの
  • パサついた魚や肉
  • 海苔、葉物野菜など、口や喉に付着しやすいもの
  • パン、カステラ、芋類など、水分を吸収しやすいもの
  • 具と汁が混在し、口の中で分離しやすい料理
  • 餅、団子、かまぼこなど、弾力や粘着性の強いもの

必要に応じて、あんやソースを加えてまとまりやすくする、裏ごしする、均質なペースト状にするなどの調整が行われます。

水やお茶にも注意が必要

固形物より、水やお茶の方が飲み込みやすいと思われがちです。

しかし、水のように粘度の低い液体は口や喉の中を速く流れます。その速さに嚥下反射が追いつかない人には、とろみをつけることがあります。

学会分類2021では、とろみを次の3段階に分類しています。

  • 薄いとろみ
  • 中間のとろみ
  • 濃いとろみ

ただし、「とろみは濃いほど安全」という意味ではありません。必要以上に濃くすると飲みにくくなったり、口や喉に残りやすくなったりする可能性があります。

とろみの程度は、本人の嚥下機能に応じて決める必要があります。また、使用する飲料、温度、とろみ調整食品の種類、投入量、混ぜ方、時間経過によって状態が変わるため、厨房内で作り方を統一することが重要です。

市販品を選ぶ際に確認したい表示

市販の介護食品には、複数の分類や表示制度があります。

特別用途食品「えん下困難者用食品」

消費者庁の「特別用途食品」は、乳児、妊産婦、授乳婦、病者、えん下困難者などの健康保持・回復に適するという特別な用途を表示する食品です。

「えん下困難者用食品」と表示して販売するには、消費者庁長官の許可が必要です。国が規格や要件への適合性を審査します。消費者庁「特別用途食品について」

したがって、「やわらかい」「高齢者向け」と表示された一般食品と、国の許可を受けた「えん下困難者用食品」は同じではありません。

スマイルケア食

農林水産省は、従来「介護食品」と呼ばれてきた食品を整理し、「スマイルケア食」という枠組みを設けています。

  • 青マーク:栄養補給を必要とする人向け
  • 黄マーク:噛むことが難しい人向け
  • 赤マーク:飲み込むことが難しい人向け

「噛むこと」と「飲み込むこと」は別の機能です。マークの色だけでなく、利用者がどちらに困難を抱えているのかを確認する必要があります。農林水産省「スマイルケア食」

ホテル・飲食店が確認すべきこと

宿泊施設や飲食店が嚥下調整食の相談を受けた場合、「対応できます」と即答するのは危険です。

少なくとも、事前に次の項目を確認する必要があります。

  1. 指定されている食形態や学会分類のコード
  2. 主食と副食、それぞれの形態
  3. 飲料や汁物へのとろみの要否
  4. とろみの段階
  5. 一口量や料理の大きさ
  6. 避ける必要がある食品
  7. 使用している市販商品の名称
  8. 食物アレルギーや宗教・信条上の食事条件
  9. 同伴者や介助者の有無
  10. 医療・介護の専門職から受けている指示

「ミキサー食でお願いします」という依頼だけでは、必要な状態を正確に判断できません。現在食べている商品の写真、商品名、施設の食事指示書などを見せてもらう方法もあります。

ただし、飲食店が独自に嚥下機能を評価したり、適切な食形態を決定したりすることはできません。食形態が不明な場合は、利用者本人、家族、介助者を通じて、医師、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士などの専門職に確認してもらう必要があります。

食形態だけでなく、栄養と食事の楽しさも重要

嚥下調整食では、安全性が最優先です。

一方で、細かく刻む、ミキサーにかける、水分を加えるといった調理によって、一食当たりのエネルギーやたんぱく質が不足する可能性があります。また、すべての料理を混ぜてペースト状にすると、料理ごとの味や香り、色が失われやすくなります。

可能な範囲で料理ごとに分けて成形する、元の料理を想像できる盛り付けにする、香りや温度にも配慮することは、食欲や食事の満足度を考えるうえで重要です。

嚥下調整食は、単に「事故を防ぐための食事」ではありません。

本人に合った安全性を確保しながら、できる限り食事のおいしさや楽しさ、尊厳を守るための食事です。

まとめ

嚥下食への対応で最も避けなければならないのは、「やわらかくすればよい」「細かく刻めばよい」という一律の判断です。

噛む力と飲み込む力は異なり、必要な硬さ、まとまりやすさ、とろみの程度も一人ひとり違います。

ホテルや飲食店が対応を始める場合は、まず提供できる食形態を整理し、学会分類などの共通基準と照らし合わせることが必要です。そのうえで、予約時の確認事項、厨房での調理方法、提供時の情報共有を仕組みとして整えることが求められます。

嚥下調整食は、調理担当者の感覚だけで対応できる分野ではありません。

「何を作れるか」から考えるのではなく、「その人が普段どのような食事を安全に食べているか」を確認することが、対応の出発点となります。