それは「ヴィーガンのお客様を集客するため」ではない!?
近年、パリの高級レストランではヴィーガンコースを用意する店舗が珍しくなくなっています。
ミシュランガイドでも、フランス国内で700軒以上のレストランが「Vegan options」として掲載されており、これらの取り組みは一部の専門店だけの取り組みではなくなりつつあります。
実際、高級レストラン業界にも変化が見られます。例えば、パリを代表する三つ星レストランの一つである L’Arpège は、2025年にほぼ植物性中心のメニューへ移行したことが報じられました。また、フランス政府観光局も、野菜を主役とした高級レストランがここ数年で増加していると紹介しており、高級料理界において植物性料理の存在感は確実に高まっています。
しかし、この流れを単純に「ヴィーガン人口が増えているから」と捉えるのは正確ではありません。
むしろ多くの高級レストランにとって重要なのは、「ヴィーガン客を増やすこと」ではなく、「誰も取り残さないテーブルを実現すること」にあります。

グループの中に一人でもヴィーガンがいる時代
1. 高級店が対応する理由は「1人」ではなく「予約全体」
例えば、
- 海外企業の接待
- 国際会議後の会食
- 学会関係者の懇親会
- 富裕層旅行者のグループ利用
などでは、参加者全員が同じ食習慣とは限りません。
10名の会食で、
- 1名がヴィーガン
- 1名がベジタリアン
- 1名が乳製品を避けている
というケースも珍しくありません。
その際、「ヴィーガンメニューはありません」となれば、その1名だけでなく、店そのものが候補から外れてしまう可能性があります。
レストラン側が失うのは、ヴィーガン客1名ではありません。会食全体です。仮に1人300ユーロのコースを10名で利用する場合、予約金額は3,000ユーロ規模になります。だからこそ高級店は、「誰が来ても同じテーブルを囲める状態」を重視しています。
2. 国際会議・MICE市場では対応が前提になりつつある
欧州では国際会議や企業イベントにおいて、
- Vegetarian
- Vegan
- Halal
- Gluten Free
などへの配慮が求められることが一般的になっています。
企業や主催者にとっては、「料理がおいしいか」だけでなく、「参加者全員が食事を楽しめるか」も重要な選定基準です。
そのため高級ホテルやレストランは、食の多様性対応を単なる集客施策ではなく、受注条件の一つとして捉える傾向が強まっています。
3. 「言われたら対応する」では遅い
多くの日本の飲食店では、「事前に相談していただければ対応できます」という考え方が一般的です。もちろん、個別の要望に柔軟に対応する姿勢は重要ですが、海外からの旅行者や国際会議の参加者の多くは、来店前の店舗選定の段階で判断を行っています。
予約サイトやGoogle Maps、公式ウェブサイト、SNSなどを確認した際に、ヴィーガン対応に関する情報が見当たらなければ、「対応していない店」と認識される可能性が高くなります。
たとえ実際には対応可能であったとしても、その情報が事前に伝わっていなければ、候補にすら入らないことも少なくありません。選ばれるためには、「言われたら対応する」という考え方から、「言われなくても分かるように伝える」という考え方への転換が求められています。
日本の飲食店が学べること
日本でもインバウンドや国際会議の増加に伴い、「全員が同じものを食べる前提」は少しずつ変わり始めています。
ヴィーガン対応を考える際、「ヴィーガン客が何人いるのか」ではなく、「グループの中に一人いるだけで、予約全体に影響する可能性がある」という視点を持つことが重要です。
パリの高級レストランがヴィーガンコースを用意する背景には、単なるトレンドではなく、国際化が進む中で多様な人々が同じテーブルを囲める環境を整えるという、極めて実務的な経営判断があるのです。