その「譲れないこと」はこだわりなのか、慣習なのか

ヴィーガン、ハラール、グルテンフリーなど、フードダイバーシティ対応について飲食店や宿泊施設と話をしていると、現場からさまざまな「譲れないこと」が出てきます。

  • 「この出汁だけは変えられない」
  • 「この調味料を変えると、うちの味ではなくなる」
  • 「この食材は昔から使っているから」
  • 「この調理工程は変えたくない」

もちろん、お店にはこれまで守ってきた味や文化がありますので、フードダイバーシティ対応をするからといって、それらをすべて変える必要はないと考えています。

私たちが支援する際に重要視しているのは、

「“譲れること”と“譲れないこと”を一つずつ整理すること」です。

何を変えてもよく、何を守るべきなのか。その線引きを明確にすることが、フードダイバーシティ対応を進めるうえで非常に重要です。

「譲れないこと」が増えるほど、現場の負荷は大きくなる

フードダイバーシティ対応において、「譲れないこと」が多ければ多いほど、対応の選択肢は狭くなります。

例えば、

  • 「既存のレシピは変えない」
  • 「既存の調味料も変えない」
  • 「仕入れ先も変えない」
  • 「既存のお客様に提供している味も絶対に変えない」

こうした条件をすべて守りながら、新たにヴィーガンやハラール、グルテンフリーに対応しようとすれば、どうなるでしょうか。

  • 「専用の商品を仕入れる」
  • 「専用のメニューを作る」
  • 「専用の仕込みが発生する」
  • 「在庫管理が増える」
  • 「スタッフが覚えることも増える」

結果として、現場のオペレーションは複雑になり、仕入れなどのコスト周りにも大きな負荷がかかります。

さらに、そうして手間とコストをかけて「ヴィーガン専用メニュー」などを作っても、通常メニューと比較して注文数が少なく、ABC分析ではCランクに位置付けられるケースもあります。

すると、

  • 「フードダイバーシティ対応は大変だ」
  • 「手間がかかる」
  • 「コストが合わない」

という結論になってしまいます。

しかし、ここで考えたいのは、本当にフードダイバーシティ対応そのものが大変なのか、それとも「譲れないこと」の条件を増やしすぎた結果、自ら対応を複雑にしているのかということです。

その「譲れないこと」は、誰にとって譲れないのか

ここで重要になるのが、

「お店にとっての譲れないことは、本当にお客様にとっても譲れないことなのか」

という視点です。

例えば、お店側で「この料理には、この調味料でなければならない」と考えているとしましょう。

しかし、お客様は本当に、「その調味料じゃないと来店しない」と考えているのでしょうか。

お客様がお店を選んでいる理由は、料理のおいしさだけでなく

  • 食事場所として安心して利用できること
  • 立地やアクセスが良いこと
  • 居心地の良い空間であること
  • スタッフの接客が良いこと
  • 価格と満足度のバランスが良いこと
  • 家族や友人など、一緒にいる人と食事を楽しめること

など、さまざまです。

つまり、お店側が「譲れないこと」と考えているものと、お客様がその店を選ぶ理由は、必ずしも一致しているとは限りません。

だからこそ、「これは昔から使っているから」「これがうちのやり方だから」という理由だけで“譲れないこと”にするのではなく、「それは本当にお客様が価値を感じている部分なのか」を一度整理してみることが重要です。

「こだわり」と「慣習」を分ける

私たちが現場で整理していくと、

「こだわりだと思っていたものが、実は単なる慣習だった」

ということも少なくありません。

  • 「昔からこの商品を使っているから」
  • 「ずっとこの仕入れ先だから」
  • 「このやり方で教わったから」
  • 「今まで変える必要がなかったから」

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

しかし、それをすべて「絶対に変えられないもの」としてしまえば、新しい市場への対応は難しくなります。

逆に、一つずつ整理していくと、

  • 「これは変えても問題ない」
  • 「これは代替できる」
  • 「これは共通化できる」
  • 「でも、ここだけは絶対に変えたくない」

という線引きが見えてきます。

フードダイバーシティ対応をすると「店のコア」が見えてくる

私たちがフードダイバーシティ対応の支援を行う中で、店舗からいただく声の一つが、

「自分たちの店のコアとなる部分がしっかりと整理できました」

というものです。これは非常に重要なポイントです。

ヴィーガン、ハラール、グルテンフリーなどへの対応を考えると、

  • 「この食材は本当に必要なのか」
  • 「この工程は本当に必要なのか」
  • 「この味を作るための要素はどれが一番大きいのか」
  • 「何を変えると、この店の商品ではなくなるのか」

を一つずつ考えることになります。

つまり、フードダイバーシティ対応は単なる「外国人向けメニューづくり」ではありません。

自分たちの商品や店の価値を分解し、何がコアなのかを確認する作業でもあります。

そしてコアが分かれば、それ以外の部分は柔軟に変更できるようになります。

「譲れないこと」が多すぎて、料理の可能性を狭めていないか

もう一つ、「譲れないこと」が多すぎることで、味をさらによくする機会を失っていないかという考え方もあります。

  • 「この食材でなければならない」
  • 「この調味料は変えられない」
  • 「この作り方でなければならない」

こうした前提を増やせば増やすほど、新しい食材や調味料、調理方法に触れる機会は少なくなります。

一方、フードダイバーシティ対応に取り組んだ多くのシェフからは、

「自分だけでは出会えなかった食材や調味料に触れることができて、料理の幅が広がった」

という声をいただきます。

ヴィーガン、ハラール、グルテンフリーなどへの対応では、これまで当たり前に使ってきた食材や調味料が使えないことがあります。だからこそ、「では、何を使えばもっとおいしくできるのか」と考え、新しい食材や調理方法を試すことになります。

その過程で、これまで知らなかった食材や調味料に出会い、結果として既存の料理にも活かせる新しい発見が生まれることがあります。

フードダイバーシティ対応は、料理に制限を加えるだけのものではなく、これまでの「譲れないこと」を見直し、料理の幅を広げ、味をさらに磨く機会にもなり得る。そんな捉え方も一つあっていいのではないでしょうか。